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ラーメン丸長のれん会名簿-大勝軒名簿

丸長のれん会名簿


丸長のれん会グループのルーツ
     
初代会長  青木 勝治氏
二代会長 青木甲七郎氏
三代会長 山上 信成氏
四代会長 坂口 正安氏
五代会長 深井 正信氏
六代会長 坂口 佼繁氏
   


当会の始まりは、昭和23年杉並区荻窪4丁目に青木勝治氏、青木保一氏、青木甲七郎氏、山上信成氏、坂口正安氏、以上5名で共同経営の形で、中華そば店丸長を開店。
その後、丸長、丸信、大勝軒、栄龍軒として、独立開店。そして、従業員を増員、また暖簾分けをし、各屋号で野球チームが8チーム、野球大会が開催できるほどになりました。

丸長 青木勝治
 
 
 

 

荻窪丸長 青木勝治 荻窪丸長 青木明史        
             
目白丸長 青木歌子        
 
小豆沢丸長 青木十四昭    
 
坂戸丸長  甘利正清    
     
さいたま市丸長 竹渕勝男
  桜新町丸長 坂口佼繁        
  下北沢丸長 深井正昭        
 
上福岡丸長 湯出川安夫    
 
上北沢丸長 山田和平    
豪徳寺丸長 月岡政年        
勝田台丸長 青木 昇        
上福岡丸長 江戸 進        
           
    
 
阿佐ヶ谷永楽 青木保一 阿佐ヶ谷丸長 樽沢衛        
           
大勝軒 坂口正安        
 
大勝軒 山岸一雄    
 
       
中野永楽 竹節延夫
       
 
       
宿河原丸長 湯本嘉治
       
   
伊勢崎市丸長 宮入 保    
             
     
 
川南栄龍軒 青木甲七郎            
笹塚栄龍軒 月岡三郎        
 
日野栄龍軒 畔上政司    
           

相模原丸龍 関 昭夫

       
草加空龍 前島徳之助        
           
     
 
荻窪丸信 山上信成   四面道丸信 山上浩史        
           
武蔵小金井 池田基弘        
           
武蔵小杉 黒鳥雄三郎        
 
霧ヶ丘丸信 黒鳥隼夫    
 

向河原丸信 黒鳥元躬

   
 
       
東長崎丸信 斉藤 源        
相模原丸信 山上秀雄        
国立谷保 小林正昨        
豊田丸信 池田より子        
田無丸信 池田 守        
高社桜  畔上袈裟好        
           
     
 
上原大勝軒 坂口正安  上原大勝軒 坂口勝正        
           
中野大勝軒 坂口光男        
池袋大勝軒 山岸一雄        
 
南池袋 飯野敏彦    
 
       
中之島大勝軒 山本重信        

野方大勝軒 村上 武

       
祖師谷大勝軒 山本 昇        
高島平大勝軒 木村茂夫        
 
曙橋大勝軒 副島 豪    
           

鍋横大勝軒 横山 昇

       
栗木台大勝軒 仲林和男        
           
      
 
大勝軒のルーツ(概略)
首都圏には大勝軒という名のラーメン店が数多くありますが、大別すると4つに分かれます。
1つは当店を本店とした丸長系「大勝軒」、東池袋系「大勝軒」、永福町の「大勝軒」系列。もう1つは日本橋(銀座)「大勝軒」系列です。これらとは別に「大勝軒」を名乗る店もありますが、ここでは割愛します。
そして丸長グループの「大勝軒」。大勝軒の歴史は「丸長のれん会」の歴史と言っても過言ではなく、マスコミに頻繁に登場し、閉店の際も大きく取り上げられた「ラーメンの神様」とされる山岸氏(東池袋大勝軒店主)も「丸長のれん会」の出身です。
ここで東池袋大勝軒と当店の関係を「丸長のれん会」の歴史に沿って解説します。
「時は戦後の混乱期、長野県出身の蕎麦職人である青木氏三名、山上氏、坂口氏が昭和22年に共同経営の形で開店した荻窪の「丸長」。ラーメンのスープに鰹節を初めて使用したのは「丸長」。「自家製麺へのこだわり」「手塩にかけ澄んでいてもコクのあるスープ」が経営の礎、その後、時期を前後して丸長、丸信、栄楽、栄龍軒、大勝軒としてそれぞれ独立。これらの店は暖簾分けした店を含めて「丸長のれん会」として現在も結束を保っています。
戦前、生蕎麦屋(日本橋人形町)で修行をしていた初代大勝軒店主故坂口正安氏は昭和26年、東京に出ていた山岸一雄氏(又従兄弟)を誘い独立、これが中野「大勝軒」の始まりです。
中野「大勝軒」は順調に売り上げを伸ばし、手狭になったことから、昭和29年、代々木上原「大勝軒」を出店。ここが本店となり、中野「大勝軒」は支店として、山岸氏に任されることになります。
代々木上原大勝軒は地元のお客様に合わせ、麺を中心としつつも中華料理店色の濃い店舗となり、中野店は麺専門店としてやっていくことになります。
昭和36年に山岸氏が最初の暖簾分けとして東池袋に出店,つけ麺「特製もりそば」として大ヒットを飛ばし,大勝軒の名は一躍全国区となりました。
代々木上原の「大勝軒」から暖簾分けしたいわゆる「代々木上原大勝軒系列」の「大勝軒」は「丸長のれん会」の一員なので丸長グループの「大勝軒」と呼ばれています。
つけ麺とは?
絶対にこれ、という明確な定義は存在しませんが、ここで言うつけ麺とは、熱いスープに冷たい中華麺(茹でたあと冷水で洗ったもの)をつけながら食べる麺料理のことを指しています。当店では「あつもり」という麺が熱いまま出されるというオプションもあります。
創業時、麺を茹で上げる際に余った麺をためておき、それを賄いのときに濃いめのつけ汁につけて食べたのが始まりで、東池袋大勝軒の山岸氏が考案したというのが定説ですが、このとき山岸氏が、中野大勝軒をやっていたのでこちらを元祖ということもあります。
当店系ではつけ麺を「つけそば」、東池袋系では「もりそば」と称しています。
因みに、当店の呼び方を踏襲して、丸長系の各店では「つけそば」と呼んでいる店が多く、これに対して、山岸氏の流れを汲む店では「もりそば」と呼んでいます。
このように、呼び方ひとつとっても、大体の店の系統が推測できます。

 

 

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